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【ぶっちゃけ】不登校の末路は?みんなの体験談をギュッとまとめました

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Googleで「不登校」を調べていると、「不登校 末路」と表示されます。

末路は、ネット界隈では超ネガティブな言葉。

不登校の未来は真っ暗?

不登校って終わりなの?

と胸がつぶれるくらい、不安になる人も多いでしょう。

結論からいうと、不登校はキツイけど、あなたが思っているよりずっと未来は明るいです。

今回は、不登校の未来(末路)として、元不登校のデータ体験談をまとめました。

「不登校=引きこもり」はあくまで思い込み。

というか、引きこもりになっても、また立ち上がればいいだけです。

きちんと客観的な情報に触れて、できるだけ認知の歪みをなくすことが大切ですよ。

勝手な思い込みをして、自分で自分の人生の幅を狭めてしまうのはもったいないですからね。

この記事のまとめ
  • 文部科学省のデータによると、中学不登校経験者のうち、約80%は社会復帰している(20歳の時点)
  • 「不登校=将来真っ暗」は思い込み
  • キツイ状況はあくまで一時的
  • 一生続くわけじゃない
タップできる目次

ゆずと申します。
この記事を書いた人
  • おうち部」管理人
  • 20代の通信大学生
  • 【経歴】理由もわからず不登校→偏差値70の高校に合格→病気で高校中退→寝たきり→高認→通信制大学&在宅ワーク
  • わたしが絶望していた時代に「これ知りたかった!」と思う情報やリアルな体験談を発信中です。

データで見る不登校の末路

はじめに、文部科学省のデータを紹介していきます。

文部科学省では今後の不登校支援の参考とするため、平成18年度に不登校だった中学3年生の5年後の追跡調査を実施。

2014年にその結果を発表しました。

資料「不登校に関する実態調査」 ~平成18年度不登校生徒に関する追跡調査報告書~(概要版)

ゆず

不登校のその後がわかる資料は貴重ですね。

この資料の「20歳現在の就学・就業状況」によると、中学3年生で不登校だった生徒のうち、81.9%は就学や就労など何らかの形で社会復帰していることがわかります。

20歳現在の就学・就業状況
  • 就業のみ:34.5%
  • 就学のみ:27.8%
  • 就学・就業:19.6%
  • 非就学・非就業:18.1%

就学している人は47.4%、就業している人は54.1%です。

また、20歳時点での具体的な就学先就業状況については、以下の結果になっています。

就学先(20歳現在)
  • 大学・短大・高専:22.8%
  • 高等学校:9.0%
  • 専門学校・各種学校等:14.9%
就業状況(20歳現在)
  • 正社員:9.3%
  • パート・アルバイト:32.2%
  • 家業手伝い・会社経営:3.4%

就業状況ではパート・アルバイトが最も多いですね。

わたしの周りでもアルバイトで少しずつ社会と接点を持つ人が多いので、割合が大きいのも納得です。

調査結果にバラツキはありますが、不登校になっても進学や就職が困難ではないといえるでしょう。

もしかしたら、ネガティブ思考のあなたは、このデータを見て、

残りの20%はどうなってるの?もしかして引きこもり?

うちはその20%に入るかもしれない…。

と不安になるかもしれません。

たしかに20歳の時点では、非就学・非就業の人が18.1%いるのが事実です。

でも、20歳は成人とはいえ、まだまだ途上段階。

不登校になって引きこもり気味だった子は、20歳前後になってようやく動き始める印象があります。

信頼関係構築したり、療養したり、エネルギーチャージしたり、不登校から元気になるまでには時間がかかるもの。

ゆず

平均寿命を考えたら、20年なんて人生の準備期間でしょう。

一般的に20歳は大人と考えられていますが、成長速度や自立の時期はそれぞれ違います。

とくに発達障害があると成長がゆっくりで、自立は30歳ともいわれています。

人は人、うちはうちです。

動いたり休んだり、紆余曲折しながら進んでいく人も多いので、

数字にとらわれず、自分のこと・わが子のことを信じてもらえたら嬉しいです。

岡田斗司夫氏の面白い動画ものせておくのだ。

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15人の不登校体験談

リアルでは、なかなか不登校の未来を知るきっかけがないでしょう。

以下では、15人分の不登校体験談をギュッとまとめました。

できれば全部チェックしてもらえると、嬉しいです。

データ収集方法
  • クラウドワークスでアンケートを実施
  • 元不登校の体験談を募集

不登校の体験談①

高校1年生の頃、不登校になりました。

中学高校の一貫校だったのですが、部活でも勉強でも自分より優秀な人達ばかりで、プライドも打ち砕かれて疲れてしまったのです。

結局留年してしまい「このままでは埒があかない」と翌年の2学期ごろから登校を再開しました。

大学でも留年をしたのち、その後はフリーターになってアマチュアの音楽活動をしていました。

フラフラと生活していたのですが、30代中盤で派遣社員として転職した保険会社にしばらく勤めた後、正社員になりました。

結婚して子供ができた事や、音楽活動もひと段落したので「そろそろまともに働いてもいいか。」と思えるようになったからです。

高校時代の不登校は「人生を棒に振った」という絶望感がありましたが、今思うとそこまで大きく人生を左右するような出来事ではなかったな、というのが正直な感想です。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談②

中学生のとき、些細なことがキッカケでクラスメイトから仲間外れにされ、自分の居場所がなくなった。

その結果、学校に行くのが嫌になり、そのまま不登校になった。

その後、高校生になり、高校でもやはりクラスに馴染めずに、また学校に行くのが嫌になった。

ただ、今現在は学校に行かなくても勉強できるツールがたくさんあるので、私的には自分に1番マッチした方法..

オンラインで学習することを選んだ。

その後は通信で高卒の資格を取り、大学へ入学。

でもやっぱり、誰かと机を並べて勉強することが性に合わないのか、大学でも孤立した感じ。

でも、それも個性だと割り切って今を生きている。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談③

私は中学1年生から中学3年生まで不登校でした。

全く学校には行けず、中学1年から2年までは、家にずっと引きこもっていました。

最初の方は親も家にばっかりいては行けないと、叱ってくれたので、図書館へ行ったり、なるべく外で勉強するという習慣を作りました。

しかし、それもうまく続かず、また家に戻ってしまいました。

その頃には、親も私に対してずっと家にいるな!とか怒ることはなくなり、私は家で寝て起きてなにもできない、動けないという日々を過ごしました。

中学3年の時に、危機感が出てきて、少しずつ学校になれたほうがいいと、学校の先生に言われ、相談室に通うことになりました。

徐々に教室に行ったらどうだと先生に言われながら、検討していたのですが、やっぱり教室には入る決断ができず入らないまま、別室にて卒業式も迎えました。

そして、今大学生になり、将来の道も決まりました。

あの頃があったからこその能力もあって後悔してません。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談④

小学校高学年になってから不登校になりました。

理由は友人ができず、逆にイジメにあったからだそうです。

授業中に消しゴムのカスを投げられたりしていたそうです。

家に帰ってくるなり「あんな地獄のような所には行きたくない!」と、翌日から登校しなくなりました。

親としてもかなり深刻な子供の表情に、無理やり行かせる事はせず、しばらくは家でゆっくりさせる事にしました。

私の想いが伝わったのか、用意していた家庭教師との勉強にはしっかり取り組んでくれ、無事中学にも進学できました。

今では社会人になって新人として働いています。

自立して家からも出ました。

当時の選択は間違っていなかったのかなと、今は安心しています。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑤

小学2年生の息子が学校でクラスメートと上手く関係を築くことができず、初めは頑張って学校に行こうとしていたのですが、次第に体調不良を訴え休みがちになりました。

親の立場としては必ず学校に行かなければならないという考えはありませんでしたが、勉強の遅れは不安になったので不登校の子どもたちやその親に選ばれている通信教育を探し、試しに受講をすることを決めました。

国語や算数などの教科の勉強以外に、ITやスポーツ、時事問題など様々なジャンルに興味が持てるような通信教育でしたので、息子と一緒に楽しみながら受講することができました。

現状、完全に不登校が解消されてはいませんが、今後も息子の立場や心情を大切にしながらその都度対応したいと考えています。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑥

中学2年後半〜3年前半まで、不登校でした。

大人になって思い返せば、いじめをはじめとする明確な理由はなく、よくある思春期の物煩いのようなものでしたが、当時の親がわりとマイルドに「学校行きたくなければしばらく休んでていいよ」という感じだったのはとてもありがたかったです。

そのおかげか、自分でもこれはいかんという気もあったため、少し気分が落ち着いたときに、少しずつ登校頻度を増やし、再び自発的に登校できるようになりました。

中高一貫校だったので、受験にはとくに影響なく、もともとさほど仲良しの子はおらず、周囲もそっと遠巻きに、というか、触れずにいてくれたことがむしろありがたかったです。

今はごく普通の社会人ですが、その頃の少し鬱っぽかった気分を覚えていることもあり、会社でしんどそうな人に対しての接し方に大きく活かしています。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑦

当時小学5年生だった娘が急に不登校になりましたが、原因を聞いても言いたくなかったのか全く言おうとせず、原因が分からない限りは親としても対処のしようがなかったです。

また、自分自身が男兄弟で子供は娘だったので、特に10歳くらいの年齢の女の子の気持ちが分からず余計に悩み苦労しました。

そんな娘でしたが、今では中学3年生になりテニス部のキャプテンをしていますし、県大会でもベスト4に入ったりなどスポーツで活躍しているので、夢中になれる事に出会えて性格も見違えるように明るくなったので、本当に良かったと思っています。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑧

小学5年から小学6年の半ばの約半年間と中学2年の6月頃から翌年の4月までの2回不登校でした。

当時は親や学校の先生から責められたりしてとても辛い日々を過ごしていました。

小学生の頃は保健室登校をしながら卒業、中学時代は3年から学校に戻り高校受験し無事合格しました。

高校3年間は不登校にならずに卒業し専門学校に進みました。

その後なかなか就職できずにとても苦労し、フリーターとして6年間働いた後当時付き合っていた彼氏と結婚して今は専業主婦になり1児の母になりました。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑨

私は今年30歳ですが中学生の時に不登校になりました。

原因は同級生からのいじめで不登校になりました。

その時の気持ちはとても憂鬱な気分で学校に行くのがとても辛かった事を今でも鮮明に覚えています。

また、気軽に相談できる人もいなくて、親に相談しても「学校は必ず行くもの」「どんだけ嫌な事があってもみんな頑張って登校しているからあなたも頑張りなさい」の一点張りでした。

そのため嫌々ながらも自分は学校に半ば無理やり登校するようにしていました。

そのときに思ったことは少しでも相談相手が自分に寄り添っていてくれたら、自分も少しは良い気分で学校に登校する事ができていたのかもしれません。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑩

中学2年生の時に不登校の期間がありました。

友達がいなかったわけでも、勉強が苦手だったわけでもありません。

ですが、大人数が苦手なことと、思春期特有の女子同士のいざこざに疲れてしまい、「行きたくない」と思う日が増えていきました。

家族には理由も言わずに、体調が良くないとだけ言っていましたが、母は何かを察してくれていたのか、そっとしておいてくれました。

友達からの声かけもあり、中学3年生の頃には毎日学校に行けるようになりました。

いざこざがあっても、合わない人にまで無理に合わせなくていいんだと思えたことで、気持ちが軽くなりました。

あれから十何年経ちますが、今はインストラクターとして人と関わる仕事をしています。

子どももいるので、もし子どもたちも悩む時期がきたら、その時はそっと見守りたい・寄り添いたいと思っています。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑪

中学3年間不登校でした。

不登校だった理由としては、人間関係でトラブルがあり、イジメを受けていたためです。

当時は学校に行くことの方がつらかったので不登校だったこと自体に辛さは感じませんでしたが、今になって学校生活を奪われたという感覚や、あいつらがいなければ普通の学校生活を送れていたんだろうと想像し、ムカつくこともあります。

現在は会社の社長をしています。

不登校でも家庭教師を雇ってもらって勉強をしっかりし、高校にもいき、早稲田大学にも行けたため、逆にその反骨精神がなかったら今はないとポジティブに捉えています。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑫

中学2年の時に不登校になりました。

その後は通信制高校に通いながら高卒認定試験を受験し、同級生とは2年遅れで大学および大学院へ進学しました。

現在は在宅でwebライターをしています。

私の場合、とにかく親が不登校に大反対だったのでそれが一番辛かったです。

無理やり制服を着させられたり、腕を引っ張って学校へ連れて行こうとされたり、今思い出しても吐き気がするような苦い思い出がたくさんあります。

ですが、そういった親の言動がきっかけでうつ病を患い、自殺未遂をした時に、ようやく両親も自分たちの言動のひどさに気がついたようです。

そこからは私の意見を尊重し、「無理せず自分らしく過ごせる道を選んだらいいよ」と見守ってくれるようになりました。

今では家族仲良く暮らしていますし、こんな私を支え育ててくれた両親に心から感謝できるようになりました。

辛いこともたくさんありましたが、今振り返れば良い経験だったと思います。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑬

高校生の時に1ヶ月間不登校でした。

いじめが原因で学校に行こうとするとひどい腹痛があったことから少しずつ行けなくなりました。

学校を辞めるところまで考えていて、両親に相談するとお前の人生だからどんな選択でも応援するよと言ってもらえて逆に頑張ることができました。

それから復帰して高校を卒業して、今では結婚して普通の家庭を築けています。

辞めずに頑張れたのはどんな自分でも受け入れてくれた両親の存在があったからです。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑭

中学1年の冬から中学2年の冬まで不登校でした。

不登校の理由は学校に友達がいなかったためです。

しかし、1年後同じ部活の人達から、一緒に部活をやろう、と誘ってもらうことが出来、学校に行けるようになりました。

野球部でしたが、中学3年の大会では県大会で準優勝し、私もレギュラーとして試合に出ることもできました。

当時誘ってくれた、野球部の人たちにはとても感謝しています。

社会人になった今でも年1回集まり、当時の思い出話で盛り上がります。

今現在は社会人として働いています。

どんなに仕事が大変でも、不登校時代の辛さの方が辛いため、仕事も休む事なく働けています。

出典:当サイト独自アンケート

不登校の体験談⑮

「光が見える日を信じて」

私は中学校から高校までたびたび不登校になっていました。

不登校だったときの状況は、学校に行きたくないという気持ちが強くて、毎朝起きるのが苦痛でした。

学校に行っても友達がいなくて、先生にも理解されなくて、いじめられたり無視されたりしていました。

家に帰っても親に叱られたり心配されたりして、自分は何もできないダメな子だと思っていました。

現在の状況は、社会人として働いています。

不登校から抜け出すきっかけは、ネットで知り合った仲間との交流でした。

彼らと一緒に趣味の活動をするうちに、自分にもできることがあると感じるようになりました。

また、彼らから勧められて通信制の大学に入学し、勉強にも興味を持つようになりました。

卒業後は、自分の好きな分野で働くことができるようになりました。

不登校になる理由は人それぞれですが、自分のペースで進んでいけば、必ず光が見える日が来ます。

出典:当サイト独自アンケート

少し長いですが、わたしや友達の体験談は、こちらの記事にまとめています。

よかったらご覧ください。

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元不登校のわたしが伝えたいこと

不登校になると、すべてに絶望して、人生が終わったように感じてしまいます。

罪悪感ヤバくて苦しくて、不安に押しつぶされそうな感じ。

学校に行きたいけど行けない。涙も出てくる。

親からの圧力や期待がツラい。

欠席するときの残念そうな顔や学校に行ってほしいオーラも苦しい。

なんでも綺麗事に聞こえて、なんにも耳に入ってこない。

勉強しなきゃいけないのも十分わかっているけど、身体が動かない。

みんなと同じがいい、青春したい、普通になりたい…。

わたしもこんな感じだったので、死にそうなくらいキツイのは理解できます。

しかし、それはあくまで一時的な状態。

今はめちゃくちゃ辛くても、それが一生続くわけじゃありません。

人生がずっと真っ暗なわけでもありません。

今のわたしから言わせてもらえれば、あなたは不登校になっただけで、決してダメな人間なんかじゃない。

休むことはまったく悪いことじゃないんです。

上のような体験談を読んで、どう思うかはあなたの自由。

もしかしたら、不登校で苦しんでいるときは、他人の体験談なんてイマイチ信じられないかもしれません。

わたしも

  • だってわたしは…
  • うちとは違う…

と勝手に失望していました。

でも、実際になんとかなっている人が多いから、大体なんとかなるっていうのは事実ですよね。

元気出して!落ち込まないで!なんて言っているわけではありませんが、

  • 世界は広い
  • いろんな生き方がある
  • なんとかなる

これが事実です。

データや体験談を見てみると、元不登校の多くの人が、なんらかのかたちで社会との関わりを持っています。

ゆず

なんとかならない人もいるじゃん!と言われてしまうかもしれません。

しかし、学校に行っていてもなんとかならない人は一定数いるし、別に不登校だけの問題ではないと気づいたら、「やっぱり大丈夫そう」と思えてきました。

パナソニックグループの創業者、松下幸之助さんの「道」をのせておきます。

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。なぐさめを求めたくなる時もあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩めねばならぬ。

それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。

松下幸之助(1968)「道をひらく」株式会社PHP研究所 p.10-11
著:松下 幸之助
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わたしは不登校時代にこれを読んで、自分に与えられた道を生きていく覚悟を決めました。

今自分にできることを少しでも積み重ね、前へ前へと進んでいく決意ができました。

その結果、勉強にも身が入るように。

だって、

自分はダメダメだ」とか

普通じゃない」とか

将来真っ暗」とか

みんなと同じになりたい」とか

立ちすくんでいるだけじゃ道はひらけませんからね。

大切なのは、無理に社会のレールに戻ることではなく、自分にあった道をそれなりに生きていくこと。

もちろんある時期を境に、いわゆる普通ルートへ復活する人もいます。

それはそれでOK。

しかし、中にはわたしのように、動いたり休んだりを繰り返す人もいます。

普通になりたい!って気持ちもわかりますが、気質体質は人それぞれ。

「自分を大切にする」という視点をもって、環境や生き方を選択していくことが求められるでしょう。

これを読んでいるのが中学生や高校生だったら、試しに通信制高校の情報を集めてみてください。

あなたが思っているより高校はいろいろあって、全日制にとらわれない道もあるってわかると思います。

そして、いわゆる普通以外の選択も、決して悪いものじゃない。

ただ、通信制高校はさまざまなタイプがあるので、いきなり情報収集は難しいでしょう。

わたしのおすすめは、「ズバット通信制高校比較」というサイト。

ここなら、質問に答えるだけで自分に合った学校がわかるし、まとめて資料請求もできますよ。

もちろん無料なので、「めんどくさいからまた今度〜」なんて言わずに、まずは資料を取り寄せてみてほしいです(*´ω`*)

【公式】ズバット通信制高校比較

わたしの場合、

無理して普通に戻ろうとして、

そこで挫折を繰り返して、

自己否定や社会への恐怖がマシマシになるくらいなら、

自分は通信でのんびり勉強するんだ!って決めて堂々としているほうがいい感じです。

不登校でも人生終わりじゃなかった話は、こちらの記事にまとめています。

親にできること

親にできることは限られていますが、まとめると以下の5つです。

  1. 家を安心できる環境にすること
  2. 過干渉しないこと
  3. 信頼関係を築くこと
  4. 自分を大切にすること
  5. 情報収集をすること

精神科医の斎藤環先生は、ひきこもりに関して、

希望を捨てずに待つという姿勢は、それ自体が本人に好ましい影響をもたらします。「待つ」ということはまた、冷静に構えるということでもあります。本人の言動や、わずかな状態の変化に一喜一憂せず、長期的展望を持ってどっしりと構えること。

出典:斎藤環「改訂版 社会的ひきこもり 」(2020)PHP研究所 p.140

と述べています。

また、見守りについては、

もちろん、ただ待てばよいというものでもありません。変化を待ち受けつつも、水面下での絶え間ない努力が必要です。家族間の意見調整や、家族だけの治療相談なども欠かせません。そして同時に、本人が症状を通じて何を訴えようとしているかを、しっかりとみきわめることです。いたずらな干渉をひかえて、暖かく見守り続ける姿勢が大切なのです。

出典:斎藤環「改訂版 社会的ひきこもり 」(2020)PHP研究所 p.141

と書かれていました。

とにかく信頼関係さえあればどうにかなるので、追い詰めるようなことだけはNGでお願いします。

保護者にチェックしてもらいたい記事をのせておくので、よかったらご覧ください。

まとめ:不登校の末路は暗くない

最後までご覧いただきありがとうございました
まとめ
  • 文部科学省のデータによると、中学不登校経験者のうち、約80%は社会復帰している(20歳の時点)
  • 成長速度や自立時期は人それぞれ
  • 歩き始めるタイミングや進む道も人それぞれ
  • 「不登校=将来真っ暗」は思い込み
  • 絶望的な状況はあくまで一時的
  • それが一生続くわけじゃない
  • 客観的な情報に触れて、認知の歪みに気づくことが重要

不登校になったからといって、人生が終わりになるわけではありません。

学校に行けない状況はたしかにキツイし、他の人より大変なこともあります。

でも、今は多様性とか言いながら教室で多様性をつぶす時代です。

わたしの経験からすると、変わり種の人ほど面白がってもらえます。

普通になりたい人は、

  • 変わり者は嫌!
  • 普通でいい!
  • みんなと同じ道がいい!

と言うかもしれません。

でも、これって本当に貴重な経験で、人生の強みになるんですよ。

考えて悩んで葛藤した経験は、必ずあなたを成長させてくれます。

わたしは、どうせ不登校になったらそれを活かそうと思ってここまできました。

最後にもうひとつ、松下幸之助さんの言葉をのせておきますね。

困っても困らない

ひろい世間である。長い人生である。その世間、その人生には、困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。程度の差こそあれだれにでもある。自分だけではない。

そんなときに、どう考えるか、どう処置するか、それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かがきまるといえる。困ったことだ、どうしよう、どうしようもない、そう考え出せば、心が次第にせまくなり、せっかくの出る知恵も出なくなる。今まで楽々と考えておったことでも、それがなかなか思いつかなくなってくるのである。とどのつまりは、原因も責任もすべて他に転嫁して、不満で心が暗くなり、不平でわが身を傷つける。

断じて行なえば、鬼人でもこれを避けるという。困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、困難がかえって飛躍の土台石となるのである。要は考え方である。決意である。困っても困らないことである。

人間の心というものは、孫悟空の如意棒のように、まことに伸縮自在である。その自在な心で、困難なときにこそ、かえってみずからの夢を開拓するという力強い道を歩みたい。

松下幸之助(1968)「道をひらく」株式会社PHP研究所 p.112-113

不登校でも人生は終わりません。

ゆっくり休みつつ、どんな自分にもOKを出しつつ、できることからコツコツ積み重ねていきましょうね。

今不登校で苦しんでいるあなたも、自分だけのかけがえのない道を歩んでいってほしいと思います。

この記事が少しでもあなたのお役に立てれば嬉しいです。最後までご覧いただきありがとうございました。

当サイトでは他にも、わたしが絶望していた時代に「これ知りたかった!」と思う情報をまとめています。

ゆず

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当サイトの内容は、主にわたしの体験談をもとに作成しています。不登校は100人いれば100通りなので、対応に正解はありません。記事内容は、ヒントにしていただければ幸いです。また、身バレ防止のために一部事実とは異なる箇所もございます。ご了承ください。

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