こんにちは、ゆずです(*´ω`*)。
今回は幼稚園で行き渋っていたら山に捨てられそうになった話をしていきますね。
幼稚園時代は毎日ギャン泣きだった
わたしは幼稚園の年少時代、ずっと行き渋りでした。
夜には「明日幼稚園いきたくない」「嫌だ」と泣きまくり、朝はギャン泣きしているところを無理やり連れて行かれる。
連れて行かれるというか、「引きずられる」って言ったほうが適切かもしれません。
バスに乗れないから送ってもらって、(なぜか)園長先生の椅子に座って、ひたすら時計を見て、12時になったら迎えにきてもらう。
たまに泣きすぎて吐く。
そんな毎日を送っていました。
3歳だけど時計を正確に読めていたので、ママは1分たりともお迎えに遅れることができず、誤魔化すこともできず、大変だったらしいです。
自転車の音が聞こえると、玄関まで猛ダッシュして、サッサと幼稚園から出て行ったのはなんとなく覚えています(笑)
今思えば、母子分離不安タイプの不登校・行き渋りでした。
わたしは小さい頃から不安感がすごくて、刺激に弱くて、今でいうHSC。
でも、昔はHSCなんて言葉もないし、わたしの不安感なんて知ったこっちゃないので、無理やり連れて行かれました。
毎日毎日
- なんで連れてくの
- なんで置いてくの
- なんでなんで
と泣き叫んでいたし、わたしを置いて帰っていくママの背中は今でも頭に残っています。
ひどいので山に連れて行かれる
行き渋りが続いていた1学期は終了。
ママとパパも
「時間がたてば、慣れてくるだろう〜」
「そろそろ大丈夫だろう〜」
と考えて、2学期に期待していたらしいです。
ところが、2学期になっても毎日毎日嫌嫌嫌。
あまりにも慣れないし、毎日朝と夜に「行きたくない」と泣き叫ぶ日々はさすがに限界。
そこで、わたしは夜9時に山へ連れて行かれることに。
パパに「そんなに幼稚園行きたくないなら、山に捨てるぞ」と言われて、わたしは山まで運ばれました。
お菓子や洋服を詰めたリュックと、ちっちゃいアンパンマンの自転車もセットで。
そして、山の前に車を停めて、街灯が1個しかない暗闇のなか、行くのか行かないのかを問い詰められていました。
正直ここら辺はあまり記憶にないですが、「明日から行く!」と宣言したことはうっすらと覚えています。
結果、幼稚園に行けるように
聞いてびっくり、この事件の翌日からはすんなり幼稚園に行けるようになりました。
自分でもなぜかはわかりません。
でも、この出来事がきっかけで卒園までほぼ休まずに通えたのは事実です。
子育てや不登校対応はいろいろ
わたしが伝えたいことは、不登校対応や子育ては家庭によっていろいろだということです。
山(公園)に捨てるなんてヤバそうに思えますが、結果的には覚悟を決めて楽しく幼稚園に行けるようになりました。
親子の信頼関係がぐちゃぐちゃになったわけでもありません。
適切な対応からはほど遠いけど元気になっているので、結局不登校・行き渋り対応に正解なんてないんですよね。
ただ、やっぱりわたしは気質や体質が学校に向いていないのか、小学校1年生でも行き渋りになりました。
中学でも不登校になったし、高校ではストレスで病気になっています。
もしかしたら、フリースクールやホームスクールで自分のペースで学べたら、今とは違う人生だったかも。
でも、学校に楽しく行っていた時間もあってそれも思い出の一つだから、これはこれでよかったのかも。
なにが最適な選択・対応だったのかなんて、たぶん死ぬまでわからないでしょう。
子どもが不登校になるといろいろ迷います。
「ああしたほうがいいのか、こうしたほうがいいのか」と悩んだり、
「ああすればよかった、やめればよかった」と後悔したり。
もちろん小学校高学年・中学生・高校生を無理やり連れて行くのはよくありません。
よくないというか、多分無理やりは通用しません。
控えてほしい声かけや関わりもあります。
でも、子どもを信じる心があればもう少し肩の力を抜いて、もう少し堂々としていたほうがいいと思っています。
正しいといわれる対応に振り回されてオドオドしていると、子どもも不安になっちゃいますからね。
数学みたいに正解があればラクだけど、明確な答えがないのが人生&子育て。
わたしは「また失敗しないように…」と腫れ物に触るような扱いをされるよりも、
それなりに親自身が人生を楽しんでいて、
堂々としてくれたほうが、
居心地がよかったしラクだったなという体験談でした(*´ω`*)。